2012-11-01(Thu)

正門前の立て看板の規制関して

 正門前の立て看板の規制に関して、クラス討論や学内の様々なところで、議論になっていますので、いくつか論点整理をしてみたいと思います。
 
 現在出ている意見は大きくは三点
①正門前に政治主張を掲げるのはどうなのか?
②美観が損なわれるのではないか
③立て看板は京大の文化。規制ナンセンス!


 その一つ一つにについて、展開してみましょう。

①正門前に政治主張を掲げるのはどうなのか?について。

 前提的に確認しておきますが、同学会執行委員会は立て看板の政治主張を支持しているのではありません。政治主張ができる権利を支持しているのです。

 現在、正門前には、4つの立て看板が出されています。一つ目が「松本独裁を許さない寮生の会」の松本総長批判看板、二つ目がおそらく同一団体によるだろう学寮型大学院批判の看板、三つ目が哲学研究会による例会の宣伝看板、四つ目が哲学研究会による「立て看板規制反対」の立て看板。
 過去にさかのぼってみますと、前期だけでも、全学連による「橋下打倒!」「京大は原発反対!」といった内容の看板、京大当局による震災復興や原発に関する講演会などの看板、労働組合による首切り反対の看板、などなどが出されていました。

 さて、ここである疑問が浮かびます。これらのうち、どれが政治主張であるのか?という疑問です。
 政権や政策を論じるのは政治的なのか? 大学当局の批判は政治主張か? サークルや原発講演会の宣伝は政治的か?
 これらに決着はつかないし、つける必要が無いと思います。
 僕自身としては、政治とは人間社会の運営に関わる事柄であり、人間の表現行動が人間社会と切り離されては存在しない以上、全ての表現行動は政治性を持つと考えます。

「ならば、偏った政治主張が拡大するのを、我慢しなくてはならないのか!」

 よくある反論です。

 違います。我慢してはいけません。
 別の政治主張を拡大させなくてはなりません。

 ある表現内容に問題があると感じたら、その表現方法でを弾圧するのではなく、別の表現内容で対決する。
 それ以外に、表現活動(もちろん政治活動を含みます。)は守られません。

 とりわけ、今回の規制は、ある種の主張を排除することを目的になされた可能性があります。
 これは、正に表現活動の弾圧であり、学生自身の主体性(相互批判が前提です。)に基盤をおく学生自治会としては、到底受け入れることはできません。
 
 例えば、後期に規制を受けた立て看板が二つあります。
 それは、こちらの立て看板です。
正門2

 この立て看板のみが、10月22日に一方的に撤去されました。
正門

 詳しくは、ブログに載っていますので、そちらをご覧下さい。
 http://zengakurenkantou.blog.shinobi.jp/Entry/436/

 大学当局批判の表現活動を、大学当局が規制することなど、学生自治会として認められません。
 だから、僕は正門前立て看規制に反対の立場です。

 次の論点に移りましょう。

②美観が損なわれるのではないかという問題です。

 これは、非常に議論するのが難しい問題です。

 立て看板が美観を損ねるという意見がある反面、多くの人たちが「京大らしさ」を立て看板に求めているのも事実です。
 正門前に立て看板がある方が美しいか、無い方が美しいか。それは主観の問題にしかなりません。主観の問題というのは、決定において正当性を担保できない課題であるということです。

 ですが、いくつか考えるべき意見はあります。
 たとえば、表現方法であればいかなる方法でも許されるのか、正門前は大学の顔であり、そこをひとつの団体が制圧しているのはおかしいのでは無いか、といった点です。

 表現方法にもルールがあると思います。(表現内容のルールについては、別項)
 正門前でいうならば、立て看板が出されていない状態にまで復帰できることだと思います。つまり、落書きや、彫りこみはダメだろうということです。

 また、一つの団体が、他者の表現活動を排して、正門前を独占しているのだとすれば、それは問題です。なぜなら、その表現方法は、他の表現活動の制限になるからです。
 しかし、大事なのは、他者の表現活動を排しているかどうかです。
 もしそのような団体があれば、自治会は断固としてその活動を規制するべきであると思います。

 さて、最後の論点

③立て看板は京大の文化。規制ナンセンス!についてです。

 最近こんなものを見つけました。
DSC_5289.jpg

 基本的に、断固支持!というだけなのですが、ならばどのような表現活動も許されると勘違いされる恐れがありますので、少し展開しておきます。

 表現内容にもルールはあります。
 それは、差別的な表現内容だと思います。つまり、その表現内容が、社会的抑圧関係を背景に、実力行使を引き起こす場合です。
 ここで重視されるべきは、社会的抑圧関係です。(「実力行為」ではありません。全ての表現活動は、実力行為を伴います)

 これらを、引き起こさないためにはどうすればいいのか。
 もちろん、差別表現を規制する機関(これは、自治会だろうとは思います。)も必要でしょう。

 しかし、何よりも、表現活動の責任を明確にすることが大切です。ビラや、立て看板には連絡先を書く。よしんば書ききれなくても、ネットで検索すれば、5分で出てくるようにしておく。
 そして、批判が出た時は、それを受け入れ、必ず討論する。書いてあるだけでは無意味だということです。

 無責任な表現活動には、無責任な規制がかかったとしても、批判はできません。
 当たり前のことでしょう。

大体以上です。
長々と書きました。議論の参考にしてください。
neko.jpg


trackback url


Use trackback on this entry.

trackback

Post a comment

Only the blog author may view the comment.

Comments

プロフィール

京都大学同学会中執

Author:京都大学同学会中執
京都大学全学自治会同学会の中央執行委員会で運営する、オフィシャル中執blogです。
激動の大学情勢に喰らい付くぜ!

告示第五号、第四号について
2012年~再建過程について
→リンクから見れます。

運動へのカンパ求む!

ゆうちょ銀行からの振り込みの場合
【記号】14430
【番号】41856491
【名義】キョウトダイガクドウガクカイ

他銀行からの振り込みの場合
【店名】四四八(読み ヨンヨンハチ)
【店番】448
【預金種目】普通預金
【口座番号】4185649
【口座名義】キョウトダイガクドウガクカイ

集まった資金は学生自治会の発展に向けて、大切に使わせてもらいます。

カテゴリ
リンク
QRコード
QR
最新記事
最新コメント
RSSリンクの表示
カウンター