2015-04-08(Wed)

京大 卒業式 総長式辞

京都大学の大学院学位授与式、学部卒業式があり、私も見に行きました。山極総長にとっては、昨年10月の就任以来初めての演説です。今までも端々で聞いていましたが、「学生運動の忌避~教養人への転換」、「戦争への批判~グローバル人材育成への情熱」など彼の考えがかなり詳しく発露されました。京大ホームページから全文引用しました。読んでみてください。

平成26年度卒業式 式辞 (2015年3月24日)
写真 2


第26代総長 山極 壽一

 本日、京都大学を卒業される2,803名の皆さん、誠におめでとうございます。ご来賓の松本紘 前総長、列席の理事、副学長、学部長、部局長をはじめとする教職員一同とともに、皆さんのご卒業を心からお祝い申し上げます。あわせて、今日の卒業式を迎えるまでのご家族および関係者の皆様よりいただいた数々の厚いご支援に対し、心より御礼申し上げます。京都大学が1897年に創立され、1900年に第1回の卒業式を迎えて以来、118年にわたる京都大学の卒業生の数は皆さんを含めて199,782名になりました。

 さて、本日はぜひ、皆さんが入学したころのことを思い出してください。高校で優秀な成績を修められ、厳しい受験戦争を勝ち抜いて入学した皆さんは、京都大学にどんな期待や夢を抱いていたでしょうか。今日、卒業式を迎えるまでの数年間、それは叶えられたでしょうか。それとも、その夢は大きく変貌を遂げたのでしょうか。そして、皆さんがこれから歩んでいこうとされる道は、そのころの夢とどうつながっているのでしょうか。

 今からちょうど45年前の1970年に、私も京都大学に入学しました。そのときの夢は、漠然とこの広い宇宙の仕組みを解いてみたい、ということでした。当時は大学紛争が激化した時代で、東京で高校生活を送っていた私もその影響を強く受けました。日本の政治が大きな曲がり角にさしかかっているときに、それを無視してのほほんと受験勉強に現を抜かしていていいのか、という声があちこちから立ち上がり、市民集会や街頭デモに参加したりしました。大学へ進学することを自ら拒否した仲間もいます。しかし、私は今目の前にある世界よりももっと大きく深い世界を知りたいと思いました。政治に翻弄される日常の世界に踏みとどまるよりも、未来に出会うであろう世界を構想するためには、自分の頭の中にある時間と空間を思い切り広げてみなければならないと感じたのです。京都大学はそれを実現させてくれる学問の都に思えました。そして、私の夢は京都大学の在学中に大きく変貌し、今に至っています。しかし、その夢の本質は変わることなく、部分的にかなえられたと思っています。

 開学以来、京都大学は対話を根幹とした自由の学風を伝統としています。私が入学した年はまだ学生たちがキャンパス内を占拠し、入学式もままならない状況でした。授業もボイコットされたり中止になったりしましたが、教員と学生との対話は今よりも頻繁でした。学生たちも自主ゼミを開いて、自らテーマを掲げて必要な文献を持ち寄り、議論を交わしていました。学生たちは分野の壁を乗り越えて集い、ときにはキャンパスを出て、吉田山や鴨川、円山公園や酒場に議論の場を求めました。そのなかで既存の考えを読み直し、多くの面白い発想や新しい考えが育っていったと思います。現在の京都大学総合博物館の前身である陳列館も、戦前は教官と学生、教官相互の自由な交流の場でした。昨年発行された「学問の礎を受け継ぐ」と題した京都大学総合博物館の冊子には、この陳列館の様子が「下駄箱があった地下室には、和服に下駄でやってくる教官たちが必ず立ち寄り、そこで談論風発、学問上の諸問題からゴシップの類まで、学生も交えて賑やかで豊かな時間があったという」と記されています。

 ところで、談論風発とはいったいどんな様子を指しているのでしょうか。

 明治時代にジャン・ジャック・ルソーの思想を日本に紹介し、自由民権運動を展開した中江兆民に、1887年に出した「三酔人経綸問答」という著作があります。ここには3人の論者が登場し、酒を酌み交わしながら日本の国際戦略を論じるのです。一人は洋学紳士と呼ばれる西洋の近代思想を擁護する論客。もう一人はかすりの和服をきた豪傑君と呼ばれる壮士。そして、お酒の大好きな南海先生です。洋学紳士はルソーさながらに自由・平等・博愛の3原則の確立を説き、軍備の撤廃を主張します。人間は四海同胞たるもの、万一強国に侵略されても、道義をもって訴えれば他の列強は放置するはずがないと言うのです。いいや、それは学者の書斎の議論である、と豪傑君は反論します。現実の世界は弱肉強食、国家間の戦争は避けることができない。侵略を甘受せずに軍備を整えて大陸の大国に立ち向かうべしと主張します。南海先生はその二人の間に割って入ります。双方の説は極端で机上の空論や過去のまぼろしに過ぎない。国内においては立憲の制度を設けて人民の権利を守り、世界に対しては各国の民主勢力と連携を図り、武力をふるってはならないと説きます。洋学紳士も豪傑君も南海先生の議論の平凡さにあきれ返るのですが、南海先生は国家百年の大計を議論するのに奇抜な発想などできるはずがない、と言って頑として譲りません。この三酔人はそれぞれ中江兆民の分身と思われるのですが、兆民は三人問答の形式を取って議論の向かうべき道を示したといってよいでしょう。



 京都大学にも、この問答形式を採用して論を展開した先駆者がいます。霊長類学という新しい学問を創った今西錦司です。1964年に理学部にできた人類学教室の初代教授で、私は6代目の教授を務めました。今西先生が1952年に出した著作に「人間性の進化」という論考があります。これは、進化論者と人間、サル、ハチが登場して、それぞれ意見を述べ合うという形式になっています。本能に対置する概念として文化よりもっと広いカルチュアという用語を適用し、動物にも人間にもカルチュアが認められるかどうか、それぞれの立場から論じたものです。今まで人間だけに求められるとされてきた現象を、動物に見られるものに置き換えてみれば、違った解釈が可能だということを、対話を通じて明らかにしていきます。たとえば、本能によって生活している動物は、その行動の目的を知らないが、カルチュアによって生活している人間は、いちいちその行動の目的を知っている。ここに動物と人間の違いを認めようという考えが一般に流布しているが、どう思うかと進化論者が問いかけます。するとサルは、「チンパンジーは天井から吊り下げられたバナナを取るために箱を積み重ねるのだから、目的をわかって行動している」と反論します。これに対して人間は、「目的ではなく、ゴールに到達しようとして行動し、努力するのが人間だ」と言い返します。ハチは、「カリウドバチが獲物を穴倉の巣にしまいこんで卵を産み付けるのは、幼虫とその食物の安全さを確保するために予想して行動したように見える。ただし、これは本能であってカルチュアとは言えない」。と主張します。大変面白く、読んでいて思わず引き込まれてしまう論議で、いかに私たちが勝手に人間の行動を特別視しているかが浮かび上がってきます。こういったさまざまな視点に立った議論を、私が所属していた人類学教室では嬉々として行うのが伝統で、それは今も守られています。

 今日卒業する皆さんも、このような自由闊達な議論を味わってきたと思います。その議論と学友たちはこれからの皆さんの生きる世界で大変貴重な財産になるでしょう。京都大学には創造の精神を尊ぶ伝統があります。まだ誰もやったことのない未知の境地を切り開くことこそが、京都大学の誇るべきチャレンジ精神です。その精神に基づいて顕著な活躍をした学生を称えるため、総長賞が設けられています。今年度は11人の学生が総長賞を受賞しました。その中には、今年卒業する工学部の田中英祐君も含まれています。田中君は学業にいそしみ卒業研究に励む中、野球部の代表的ピッチャーとして京都大学の勝利に貢献し、ロッテ球団に指名を受けてプロの道に進むことになりました。京都大学としては初めてのプロ野球界への挑戦です。きっと従来のプロ野球選手にはない能力を発揮して活躍してくれるだろうと期待しています。田中君ばかりでなく、今日卒業する皆さんもさまざまな突出する能力を身に着け、すでにそれを発揮して活躍している方も多いだろうと思います。京都大学で磨いた能力を示し、試す機会がこれからはきっと多くなることでしょう。しかし、忘れてはならないことは、自分と考えの違う人の意見をしっかりと聞くことです。しかも複数の人の意見を踏まえ、直面している課題に最終的に自分の判断を下して立ち向かうことが必要です。自分を支持してくる人の意見ばかりを聞いていれば、やがては裸の王様になって判断は鈍ります。このとき、京都大学で培った「対話を根幹とした自由の学風」がきっと役に立つはずです。

 京都大学は「地球社会の調和ある共存」を達成すべき大きなテーマとして掲げてきました。現代はこの調和が崩れ、宗教間、民族間の対立が激化して、多様な考えを持つ人々の共存が危うくなっている時代です。皆さんもこれから世界のあちこちでこのテーマに抵触する事態に出会うことでしょう。そのとき、京都大学の自由な討論の精神を発揮して、果敢に課題に向き合ってほしいと思います。皆さんがこれから示すふるまいや行動は、京都大学のOB、OGとして世間の注目を浴び、皆さんの後に続く在校生たちの指針となるでしょう。これから皆さんの進む道は大きく分かれていきます。しかし、将来それは再び交差することがあるはずです。そのときに、京都大学の卒業生として誇れる出会いをしていただけることを私は切に願っています。

本日は誠におめでとうございます。


平成26年度学位授与式 式辞 (2015年3月23日)

写真 1


第26代総長 山極 壽一



 本日、京都大学から修士の学位を授与される2,179名の皆さん、修士(専門職)の学位を授与される158名の皆さん、法務博士(専門職)の学位を授与される141名の皆さん、博士の学位を授与される608名の皆さん、誠におめでとうございます。

 学位を授与される皆さんの中には、325名の留学生が含まれています。累計すると、京都大学が授与した修士号は72,206、修士号(専門職)は1,233、法務博士号(専門職)は 1,720、博士号は41,753となります。ご来賓の長尾真 元総長、松本紘 前総長、列席の理事、副学長、研究科長、学館長、学舎長、教育部長、研究所長をはじめとする教職員一同とともに、皆さんの学位取得を心よりお祝い申し上げます。

 京都大学が授与する修士号や博士号には、博士(文学)のように、それぞれの専攻分野が附与されており、合計23種類もあります。これだけ多様な専攻分野で皆さんが日夜切磋琢磨して能力を磨き、その高みへと上られたことを、私は心から誇りに思い、うれしく思います。本日の学位授与は皆さんのこれまでの努力の到達点であり、これからの人生の出発点でもあります。今日授けられた学位が、これから人生の道を切り開いていく上で大きな助けとなることを期待しています。私は昨年の10月に総長になって以来、学生を主役とする大学を作るためにWINDOW構想を掲げました。大学を社会や世界に開く窓として位置づけ、有能な学生や若い研究者の能力を高め、それぞれの活躍の場へと送り出す役割を大学全体の共通なミッションとしました。野生的で賢明な、世界の急激な動きに左右されることなく、独創的な考えを発信しながら、自分で判断し行動できる人を育てたいと思っています。これから社会に出て行く皆さんはぜひその模範となっていただきたい。また、WINDOW構想では、女性の活躍を支援して希望のある社会を築くことを謳い、男女共同参画推進アクションプランを提示しています。本日学位を授与された皆さんの中には、763名の女性が含まれています。この数は年々増えていくことでしょう。ぜひ、ご自身の経験と能力を活かしながら、男女が分け隔てなく、楽しく働ける社会の実現へ向けて、皆さんのご活躍を期待しております。

 さて、本日学位を授与された論文の報告書に目を通してみますと、やはり近年の世界の動向を反映した内容が目に留まります。グローバル化にともなう異文化との接触、多文化共生、人の移住、地球規模の気候変動や災害、社会の急激な変化にともなう法や経済の再考、心の病を含む多くの疾病に対する新しい治療法などです。

 たとえば、文学研究科の安井大輔さんの「現代日本社会の多文化接触領域におけるエスニシティ生成過程の研究-横浜市鶴見区にみられる沖縄移民の文化実践を事例にして」、Debnar Milosさんの「Globalization and diversity in migration to Japan: Migration, whiteness and cosmopolitanism of Europeans in Japan」、アジア・アフリカ地域研究研究科の泉直亮さんの「土地を求めて移住した農牧民の社会・経済変容と地元住民との共存に関する研究-タンザニア・ルクワ湖畔におけるスクマの事例」、論文博士のJane Singerさんの「Examining the roles of multiple stakeholders in dam-forced resettlement of ethnic minorities in Vietnam」は、人々の移住や民族・文化間の接触にともなう共存の問題をテーマにしています。



 地球規模の気候変動や災害、人為的な環境の変化への対処をテーマにした論文としては、工学研究科の久加朋子さんの「固定床流域を有する河川における掃流砂・河床変動特性と河川生態システム改善に関する研究」、Aziz Tabindaさんの「Empirical analyses of human-machine interactions focusing on driver and advanced driver assistance systems」、理学研究科のAkter Fatimaさんの「Environmental conditions and dryline influence on the occurrence of severe local convective storms in Bangladesh during the Pre-monsoon season」、情報学研究科の呉麗慧さんの「Earthquake disaster preparedness for tourism industry in Japan and China」、論文博士の高田望さんの「降雨現象の階層構造を考慮した短時間降雨予測手法および予測誤差推定に基づいた大雨予測情報提供方法の開発」などが挙げられます。

 経済や社会変動を扱った論文としては、農学研究科の今泉晶さんの「種子と遺伝情報の管理体制に対する批判的検討-所有の正当化理論とシードシステムに着目して」、Ho Sanaraさんの「The transition of farming systems causing forest degradation in Ratanakiri Province, Cambodia」、経済学研究科の堀林巧さんの「自由市場資本主義の再形成と動揺-現代比較社会経済分析-」などがあります。

 近年の疾病や健康に着目した論文としては、医学研究科の義村さや香さんの「A lack of self-consciousness in Asperger's disorder but not in PDDNOS: Implication for the clinical importance of ASD subtypes」、本屋敷美奈さんの「Specificity of CBT for depression: A contribution from multiple treatments meta-analyses」、論文博士の加島依子さんの「Studies for maximizing value of antibody drugs against tumors」、Techasrivichien Teeraneeさんの「Changes in sexual behavior and attitudes across generations and gender among a population-based probability sample from an urbanizing province in Thailand」などがあります。

 また、こういった近年の自然や社会の現象ではなく、広く世界にテーマを求めた多様な基礎研究が実施されています。たとえば、文学研究科の張陵さんの「平安女流文学と漢文学についての研究-道綱母と菅原孝標女の場合-」、経済学研究科の大久保和宣さんの「パーク・バーレル・ポリティクス-分配政治の経済分析-」、人間・環境学研究科の小野智恵さんの「ニュー・ハリウッド映画期におけるロバート・アルトマン監督作品に刻まれる反古典的様式の独創性-1967年「宇宙大征服」から1976年「ビッグ・アメリカン」までの音声的・映像的実験によるナラティヴ全体の革新についての分析研究」、理学研究科の西川真理さんの「Cohesion and behavioral synchrony among females in a wild group of Japanese macaques」、生命科学研究科の森井愛乃さんの「苔類ゼニゴケの青色光応答反応と青色光受容体フォトトロピン機能の解析」などです。これらの論文は、タイトルを見ただけでも中身を読んで詳しく内容を知りたいという気持ちをかき立てられます。この他にも、私の理解能力を超えたたくさんのすばらしい研究が学位論文として完成されており、私はその多様性に驚きの念を禁じえませんでした。この多様性と創造性、先端性こそが、これからの世界を変える思想やイノベーションに結びついていくと確信しています。

 私も今から28年前の1987年、35歳のときに京都大学から論文博士の学位を授与されました。ゴリラのオスの生活史を扱った論文でしたが、なかなか野生のゴリラのデータが取れず、フィールド・ワークをする場所を変え、その間に職を得たりするうちに学位論文を書くのが大幅に遅れました。何度も自己不信に陥り、挫折しそうになったことを覚えています。それでもあきらめずに学位論文を書き上げることができたのは、誰も見ていないことを自分が見たという感動と、その発見を理論として学問の中に位置づけることを可能にしてくれた指導教員や仲間たちの支えだったと思います。

 私の指導教員だった伊谷純一郎先生は、一度も私をフィールドで指導してくれませんでした。フィールドでゴリラの観察法を指導してくれたアメリカ人のダイアン・フォッシー博士は、私が論文を書き上げる前の1985年に何者かに殺害されて亡くなりました。しかし、私はこの二人の先生からフィールド・ワークのリテラシーを学びました。それは結果をあせってはいけない。自分の思うとおりの結果が出なくても、それを受け止めて世界を見つめ直し、自分の考え方を変えなくてはならない。自分が研究している対象の世界に入り込んで、じっと目を凝らしていれば、いつか思いもよらぬ形で豪華な世界が垣間見える。その瞬間を見逃すな、ということです。伊谷先生はそれを、「自然が微笑むとき」と呼びました。この自然は宇宙であってもいいし、人間であってもいい。研究対象を通して新しい世界が見えてくる。それを「豪華」と呼ぶのです。研究者にはその特権が与えられています。しかし、それを得るには研究者としてのリテラシーが必要だというのです。

 ここに集った皆さんも、学位論文を完成させる過程で、自分が追い求めてきた豪華な世界を垣間見ることができた人々なのだと思います。これから社会に出る皆さんや、研究の世界に残る皆さんに、再びこの豪華な瞬間が訪れるかどうか。それは皆さんが研究者としてのリテラシーを守れるかどうかにかかっていると思います。昨今は科学者の不正が相次ぎ、社会から厳しい批判の目が寄せられています。皆さんが京都大学で培った研究者としての誇りと経験を活かして、どうか光り輝く人生を歩んでください。

 本日は、誠におめでとうございます。

以上

中執 大森

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