2016-04-08(Fri)

院式辞

今年度大学院の入学式での山極総長の式辞です。

 本日、京都大学大学院に入学した修士課程2,307名、専門職学位課程318名、博士(後期)課程854名の皆さん、ご入学おめでとうございます。ご列席の理事、副学長、研究科長、学館長、学舎長、教育部長、研究所長および教職員とともに、皆さんの入学を心からお祝い申し上げます。また、これまで皆さんを支えてこられたご家族や関係者の皆さまに心よりお祝い申し上げます。

 さて、今日皆さんはさらに学問を究めるために、それぞれの学問分野へ新しい一歩を踏み出しました。京都大学には多様な学問分野の大学院が設置されており、合計23種類の学位が授与されます。18の研究科、14の附置研究所、17の教育研究施設が皆さんの学びを支えます。修士課程では講義を受け、実習やフィールドワークを通じて学部で培った基礎知識・専門知識の上にさらに高度な知識や技術を習得し、研究者としての能力を磨くことが求められます。専門職学位課程では、講義のほかに実務の実習、事例研究、現地調査などを含め、それぞれの分野で実務経験のある専門家から学ぶ機会が多くなります。博士後期課程では論文を書くことが中心となり、そのためのデータの収集や分析、先行研究との比較検討が不可欠となります。

 ここで重要なことは、データに語らせることです。そして、それを分析して得た自分の考えを仲間に語り、その真価を繰り返し確かめることです。しかし、データに語らせることは決してたやすいことではありません。そもそも、データの取り方が間違っていれば、採取したデータは自分が立てた問いに正しく答えてはくれません。まず、自分が一体何を知りたいのかを十分に吟味し、問いを立てることが必要ですし、その問いに合った方法論を選ぶことが重要となります。

 その上で、データを取るわけですが、ここが最も大事な作業であるとともに、思いがけない発見が生まれる瞬間でもあるのです。長年、野生のサルやゴリラを対象にフィールド調査を行ってきた私は、この段階で長い間苦労を重ねました。何しろ、野生のゴリラが人間になれていなかったために、思うように行動や社会に関するデータが取れなかったのです。そのため、毎日森を歩いてゴリラの痕跡を探し、新鮮な足跡を見つけると、それをたどってゴリラを追跡することを続けました。運よくゴリラに出会っても、人間の気配を察知したゴリラが一声叫ぶと、群れ全体がさっと視界から消えてしまうことばかりでした。これでは行動のデータを取れません。それでもゴリラがしていることを推理するために、糞を採集してその内容物から何を食べているかを同定したり、毎晩作りかえるベッドの数や大きさから群れの個体数や構成を割り出したりしました。そのうち、ゴリラはだんだんと警戒心を解き始めるのですが、ここからが正念場です。ゴリラも人間について回られるのは嫌なので、脅かして追い払おうとします。大地が割れんばかりの吼え声を上げて突進してきます。このとき震え上がって逃げてしまったら、ゴリラはわが意を得たとばかり、攻撃すれば人間は退散してくれると思い込んでしまいます。どんなに脅されても一歩も引かず、正面から向き合ってゴリラと対峙することが必要なのです。攻撃してもむだだとわかると、ゴリラはしだいに怒りを抑えて、人間が接近するのを許すようになります。

 私たち観察者が後を着いて歩くのをゴリラが気にかけないようになり、ついには群れの中に入っていっても普段の暮らしを乱さないようになって、初めてゴリラの自然な行動を記録できるようになるのです。ここまでふつうは5年以上かかります。その間、思うようなデータを取れず、間接的な証拠からゴリラはこんな行動をしているに違いないなどと憶測をめぐらせる日々が続きます。それだけに、実際ゴリラの行動を見ることができるようになって、その憶測を確かめられたときの感激はひとしおです。たとえば、食物を分配する行動はチンパンジーでよく知られていましたが、ゴリラでは報告されていませんでした。でもそれは、これまで調査されていたゴリラが高い山にすむマウンテンゴリラで、甘く栄養価の高いフルーツが実らない環境条件にあるからだと私は思っていました。近年、アフリカ低地の熱帯雨林にすむローランドゴリラの調査を始めると、チンパンジーと同じように多種類のフルーツを食べることが分かってきました。私は、低地のゴリラたちがきっと食物を分配しているに違いないと思い、何とかその場面を見られないものかと期待しながらゴリラを追いかけていました。そして、ある群れのゴリラたちと付き合い始めてから6年目に、ゴリラたちがフットボールぐらいの大きさのフルーツを分けて食べるのを観察することができたのです。しかも、それは私が想像していたようなチンパンジーの分配行動とは違っていて、フルーツのかけらを地面に落として仲間に取らせるゴリラらしい分配方法でした。とうとうそのシーンを見ることができたという感慨とともに、想像を超える展開に私は目を見張りました。しかし、そのシーンを写真に撮ることに成功したものの、ゴリラの分配行動について論文を仕上げるにはそれからさらに4年の歳月が必要でした。その後、調査をともにした仲間たちが見たゴリラの分配行動と合わせて状況を分析し、チンパンジーや他の霊長類の報告と比較しながら、ゴリラの分配行動の進化史的意義を検討しなければならなかったからです。それは楽しい作業でしたが、時にはとても辛抱や忍耐を要することでもありました。でも、私は自分が見たことは世界中でまだ誰も体験したことがない現象であることを知っていました。その意味を明らかにし、公表することは私たちの義務であると感じていたのです。それは、一般の人々にとって何の意味もない、取るに足らないことかもしれません。しかし、ひょっとしたら私たちの発見がゴリラの進化に関するこれまでの常識を変え、ゴリラと共通の祖先を持つ私たち人間に対する理解を変えるかもしれないと私は思っています。


 日本で最初にノーベル賞を受賞した湯川秀樹先生は、1962年のノーベル賞受賞13年後に開かれた京都大学の教官研究集会で、大学の本来の使命とは、「私たちの生きている、この世界に内在する真理を探究し、真理を発見し、学生たちに、後進の人たちに、そして学外の人たちにも真理を伝達すること」と語っています。真理の性格について、湯川先生はまず、真理はその現実の姿においては、多方面にわたって集積されてきた、非常に多数の事実、それらの事実の全体の中の一部分を支配する法則、それらの法則のいくつかを自己の中にふくむ理論体系-そういう諸事実、諸法則、諸理論の全体であると述べます。しかし、それが最終的意味における真理の全部ではありません。現実において私たちの知っている真理は部分的なものであると同時に、非常に多くの方面に分化しています。同じ法則、あるいは原理が、他の種類の現象に対しても同様に成立するというわけにはいかず、両方に共通する原理がまだ知られていないという場合もあるのです。現在までに世界各国の学者の手がまだのびていない領域、すなわち未知の領域が存在すること、またすでに研究の手がのびている領域に関してもそこに多くの未解決の問題が残っていることを、研究者は知っている、と湯川先生は言います。そして、学問的真理がこのような性格を持つものであればこそ、「真理の探究」ということが重要な意味を持つのであり、学問とは全体として固定されてしまった何物かではなく、新しい事実、新しい法則- 一口にいって新しい真理の発見によって変化し、成長し続けていくものである、と述べておられます。

 現在、大学の研究は産業界の発展に結びつくことが期待されていますが、京都大学は社会にすぐ役立つ研究だけを奨励しているわけではありません。開学以来、対話を根幹とした自由の学風を伝統とし、独創的な精神を涵養してきました。それは、多様な学びと新しい発想による研究の創出につながります。皆さんはこれから専門性の高い研究の道へ入られるわけですが、それは狭き道をまっしぐらに進むことを意味するわけではありません。多くの学友や異分野の研究者たちと対話を通じて自分の発想を磨くことが、真理の道へ通じるのです。今日、京都大学の大学院に入学した皆さんも、いつかは自分の専門を離れて別の学問領域に目を向ける日が来るかもしれません。それも自分の学問分野で成功するのに匹敵する輝かしい飛躍であり、新たな可能性を生み出す契機となると私は考えています。どうか失敗を恐れず、自分の興味の赴くままに、研究生活に没頭してください。京都大学はそれにふさわしい環境を提供できると思います。

 京都大学には34のユニットがあり、学際的にさまざまな教育・研究活動を行っています。複数の研究科、研究所、研究センターからなる教育プログラムや研究プロジェクトが走っておりますので、ぜひ参加をして多様な学問分野に目を開き、創造性を高めてください。さらに、博士の学位を得て実践的な舞台でリーダーシップを発揮する5つのリーディング大学院プログラムが実施されています。京都大学大学院思修館、グローバル生存学大学院連携プログラム、充実した健康長寿社会を築く総合医療開発リーダー育成プログラム、デザイン学大学院連携プログラム、霊長類学・ワイルドライフサイエンス・リーディング大学院プログラムがあり、それぞれ連携する大学院が指定されていますので、ぜひ関心を持っていただきたいと思います。また、昨今は、データの改ざんや剽窃など、論文制作に関わる不正行為が数多く指摘され、世間の厳しい目が研究者に注がれています。ぜひ、研究倫理を守り、独創性の高い研究を実施して、大きな成果を挙げていただきたいと思っております。

 日本は、博士の学位を取得した学生が産業界に就職しにくいと言われてきましたが、最近は多くの企業が国際化する中で、博士の学位を持つ人材を積極的に雇用する兆しが見え始めています。それには大学院在籍中に企業の実践的な現場を知ることが重要で、本学でも産学協同イノベーション人材育成コンソーシアム事業として、多くの企業に参加してもらい、中長期のインターンシップやマッチングを実施しています。社会に出る前に産業界の現場を経験し、自分の能力や研究内容に合った世界を知る機会を増やそうと考えております。また、国際的な舞台で活躍できる能力を育成するために、海外のトップ大学とダブル・ディグリーやジョイント・ディグリーを増やそうとしています。現在、京都大学はロンドン、ハイデルベルク、バンコクに海外拠点をもち、ヨーロッパやアジアの大学との連携を強めておりますが、今年は北米やアフリカにも拠点を設け、大学間交流の場を増やしていこうと考えているところです。すでに京都大学の多くの部局は世界中に研究者交流のネットワークや拠点をもっており、これらの拠点を活用しながら、共同研究や学生交流を高め、国際的に活躍できる機会と能力を伸ばしていく所存です。

 このように、京都大学は教育・研究活動をより充実させ、学生の皆さんが安心して充実した生活を送ることができるよう努めてまいりますが、そのための支援策として京都大学基金を設立しています。本日も、ご家族のみなさまのお手元には、この基金のご案内を配布させていただいております。ご入学を記念して特別な企画も行っておりますので、ぜひ、お手元の資料をご覧いただき、ご協力をいただければ幸いです。

 本日は、誠におめでとうございます。

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